東京高等裁判所 昭和44年(う)2210号 判決
被告人 田子藤市
〔抄 録〕
所論は、原判決が被告人は附随して「市において購入する消防用機械器具について、機種発註業者の選定に関し執行部に対する意見進達のための調査などの職務」を有していたと認めたのは、事実を誤認したか、法令適用に誤りがあると主張し、要するに、原判示の右附随職務とされるものは、建設常任委員協議会の一員として行使されたものであるが、これは議員ないし常任委員としての本来の職務ではないから、その本来の職務と慣例上密接な関係のある職務と認定されたものと思われるけれども、熊谷市議会における常任委員協議会は法令上の根拠なく慣例上存在するものであるが、同協議会が執行機関の専権である予算執行につき意見進達をし、そのための調査をする慣例はなく、仮りに慣例として同協議会が執行面に関渉したとしても、それは違法不当な慣行であつて、これを職務に密接な関係のある行為ということはできない。更に職務に密接な関係のある行為という不明確な概念によつて刑法第一九七条の職務を拡張解釈することは罪刑法定主義に反するというのである。
そこで、原判決挙示の証拠を調査検討するに、被告人は昭和三四年から熊谷市議会議員をしているもので、同三八年四月から四二年四月まで建設常任委員会の委員となり、そのうち昭和四〇年六月から四一年六月までは同委員長をしていたものであり、右建設常任委員会は、地方自治法第一〇九条、熊谷市議会委員会条例第一条により設置されたもので、建設部(昭和四一年九月二四日以前は、土木課都市計画課建築課等)および消防本部の所管に属する事項を分掌するものである(右条例第二条)ところ、熊谷市においても高層建築物の増加に伴い屈折梯子付消防自動車の必要性を生じ、昭和四一年三月の定例議会において金額九百万円の購入予算が認められたが、同市消防本部としては金額も多く同市として初めての屈折梯子付自動車であるから、慎重を期し、同消防長から消防本部所管事項を分掌する前記建設常任委員会委員長であつた被告人に対し消防車購入に関し協議会の開催を申し入れ、同年五月三〇日開催の建設常任委員協議会において、それぞれ異なる種別の屈折梯子付消防車を使用している三市の消防本部を実地に視察調査することを決定し、建設常任委員長である被告人、同委員数名が消防長らとともにこれを実施した後、同年六月一一日開催の同協議会において視察結果を協議してその席上要望事項を市長宛にすることにつき異議なく決定し、その後議長の職務を代理する副議長を通じて市長に対し、発註車種の決定については市原、森田、日機の各社に見積書を提出させて検討されたいが、視察検討の結果によると全国的にも製作台数の圧倒的に多い森田式を採用することが無難であり適当と思われるので善処されたい旨の要望書を提出していることは、明らかに認め得るところである。
ところで、原判決挙示の証拠、とりわけ須川夏太郎の司法警察員に対する供述調書、青木勝之助、蓮沼興作および被告人(昭和四三年一二月六日付)の検察官に対する各供述調書、建設常任委員会協議会記録を総合すれば、消防車購入の件が建設常任委員協議会で協議されたのは、今回がはじめてであるが、従来熊谷市においては、分掌事項上関係のある議会常任委員会の委員をもつて常任委員協議会を構成し常任委員会に準じて運営されており、執行機関と議会との間の円滑をはかるために、同協議会において執行機関側から予算執行の状況その他執行機関所管の事項につき報告して意見を徴し、また常任委員たる議員の側から意見を述べて協議し、必要に応じ調査を行ない、執行機関に対して意見を進達する慣行があり、前記消防車購入に関しても右慣行に従つて協議されたものであることを認めることができ、原審証人戸根木親夫、同吉田芳雄、同須川夏太郎、同蓮沼興作の各証言もこれに反する趣旨ではなく、その他記録を調査し当審における事実取調の結果に徴しても右認定を覆すに足りない。
そして、地方自治法の規定に基づき、熊谷市議会は、議決により予算を定め、決算を認定し(同法第九六条第一項第二号、第三号)、予定価格三千万円以上の工事または製造の請負契約を締結する(右同項第五号、熊谷市条例昭和三九年第一八号)ことに関与する権限ならびに同市の事務に関し検査、調査をする権限(同法第九八条ないし第一〇〇条)を有し、また常任委員会は、その部門に属する当該地方公共団体の事務に関する調査を行ない、議案、陳情等を審査する権限を有する(同法第一〇九条第三項)。このような職務権限を有する同市議会議員、とくに消防本部所管事項を分掌する建設常任委員会の委員が、消防関係の予算執行につき執行機関に意見を進達することは、執行機関を拘束する効果はなくとも、事実上尊重考慮され、このような権限を有しない者の干渉とは同日に談じ得ないこと明らかであるのみならず、ことに前記認定のような慣行の存する同市の場合、右慣行に基づく執行機関の要請により既に予算決定のあつた屈折梯子付消防車の購入につき、機種発註業者の選定に関し協議して意見を述べ調査を行なうことは、議員ないし建設常任委員としての職務に由来し、慣例上これと密接な関係のある行為ということができ、しかも、これによつて執行機関の独立を害するものではないから、執行機関に対する不当な介入として地方自治法および憲法に違反するものではないと認められる(最高裁判所昭和三一年(あ)第二二八二号同三五年三月二日第二小法廷決定、刑集一四巻三号二二四頁、同昭和三一年(あ)第三五八九号同三五年四月二八日第一小法廷判決、刑集一四巻六号七七八頁参照)。なお、賄賂罪は公務員の職務執行の公正を保持し、職務の公正に対する社会の信頼を確保しようとするためにあるものであるから、単に法令に基づく本来の職務に関してのみならず、事実上または慣例上これと密接な関係のある行為、したがつて社会通念上も一般に当該公務員の職務と考えられる行為に関しても賄賂罪が成立すると解したからといつて、職務の概念に不明確を来たすものではなく、罪刑法定主義に反するものではない。したがつて、被告人が原判示職務権限を有していたと認めた原判決に、事実誤認も法令違反も存しない。論旨は理由がない。
(飯田 吉川 桑田)